2012年08月21日

上海なう

というわけで、突然ですが、いま上海におります。

ほんとはタイトルの通り、ツィッターから「上海なう」と書き込みたかったのですが、中国ではツィッターとフェイスブックがアクセス禁止されていることを失念してました。
そうなるとこちらも意地になるもので、このブログを更新すると自動的にツィッターに投稿される機能を利用して、「上海なう」とつぶやこうという企み。そこまでしてやることか、と言われれば、返す言葉もございませんが。

というわけで、あさって、22日まで上海におります。今回は全くの旅行で、とりあえず本屋と音楽関係をうろつく予定です。今日は豫園(よえん)の湖心亭で、伝統楽器の演奏を聞いてきました。演奏するのはプロではなく、近所のおっちゃんたちなのですが、これがまたすばらしい。お茶を飲みながら、伝統楽器の音色に陶然とする…予定だったのですが、客の中に一人、やたらでかい声で話す若造がおりまして、邪魔な事このうえない。まぁこの演奏は、あくまで近所の好事家が集まって演奏を披露する、ということで、聴くも聴かぬも客の自由なのですが、それにしても、その客の存在が湖心亭にそぐわないことおびただしい。酒を飲んでいるならともかく、お茶飲みながら大声でまくしたてるというのはいかがなものか。

というわけで、ほかにもネタはあるのですが、眠くなってきたのでそろそろ寝ます。また明日。
タグ:旅行 中国
posted by TMR at 00:07| Comment(0) | 日々想

2012年07月27日

…ごぶさた…

 えぇ、すっかり放置状態でどうも面目ないことです。
なんというか、ブログはやはりそれなりにまとまった文章を書かねば、という気負いがあるせいか、ちょっと仕事が立て込むと、ついつい更新が遠のいてしまいます。まぁそろそろ前期の授業も終わりなので、これからまたちょこちょこ更新できることでしょう。さて、どなたがご覧になっていることか…
 で、ツィッターではちょっとつぶやきましたが、先日愛用のマシンが突如起動しなくなりまして、メーカーに送ったら案の定マザーボード交換の要ありとのこと。しかも修理費見積もりが、新規でマシン購入したほうがいい感じ(メーカーもそれを勧めてた)だったので、あっさり新規マシン購入に踏み切ったわけ。で、愛用マシンはノートブックだったんですが、メーカーのHP見てもデスクトップのほうが性能が良くて安いし、ちょうどセカンドモニタ用の20インチモニタを格安で購入していたので、デスクトップに切り替えました。モニタが大きいほうが作業効率もあがる、という思い込みですな。
 で、昨日新規マシンが届きました。まぁそれなりの大きさですが、音は予想外に静かで、発熱も低いようなので、これからの季節にはうってつけです(?)。ただ、旧愛機からいろいろ移行させねばならず、さっきまで悪戦苦闘しておりました。ようやく、旧愛機とほぼ同じように作業ができる環境になってきたところです。
 そういうわけで、来週あたりから、こちらのほうもまたちょこちょこと更新したいと思います。皆様方におかれましては、どうかご愛顧くださいますよう、よろしく御願い申し上げ奉りまするm(_ _)m
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せっかくなので、最近の姫路駅改造風景など。18日に撮影したものです。このカバーが外れると、どんな建物が出現するか、楽しいような怖いような。
posted by TMR at 22:28| Comment(0) | 日々想

2012年06月24日

カルチャーカフェ・獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第4回「キョンシーは実在するか?〜中国の死体搬送術〜」(Part5) #姫路

 なんとか更新ペースを元に戻したい今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。しかしまた一週間あいてしまった…
 
 さて、カルチャーカフェ・獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第4回「キョンシーは実在するか?〜中国の死体搬送術〜」の続きでございます。
 前回は、生きている人を追いかけて走り回る殭屍(キョンシー)のお話でした。映画「霊幻道士」に登場するキョンシーは、硬直した体でピョコンピョコンと跳ね回るだけなので、走って逃げれば追いつかれる心配はなさそうですが、こちらの殭屍から逃げるのはちょっと大変そうです。
 では、この殭屍はなぜ生きている人を走って追いかけたのか? じつは、これには深いわけが(違)次のような解釈がございます。『続子不語』巻五の「走屍(走る亡骸)」から。

 亡骸が人を追いかけて走ることができるのは、の気が合わさることによる。人が死ぬと陽の気は絶え、体は純粋な陰となる。陽気の盛んな生者がこれに触れると、陰気がたちまち開き、陽気を吸い込もうとするので、人を追いかけて走ることができるのだ。(後略)
 

 中国の伝統的宇宙観では、この世のあらゆるモノは、から成り立っています。そのバランスが調和していればいいのですが、いったん崩れると、いろいろよろしくないことが起こります。なので、陰に属する死体は、陽の気を欲して生者を追いかける、というわけです。

 ですから、あらかじめそういう知識を持っていれば、この手の殭屍に出会っても、次の話のように、慌てることはありません。『子不語』巻五から、「画工、僵屍を描く(画屍)」

 
杭州の劉以賢(りゅう いけん)、肖像画を描くのがうまかった。以賢の隣宅には、父と息子の二人家族が居候していた。その父親が亡くなったので、息子は棺を買いに出かけた。出がけに、以賢に肖像画の作成を頼みたいと、隣人に言づてした。そこで以賢、隣家に出向き、居候の住む棟に入ったが、息子はまだ帰っていない。
 以賢、遺体は階上に安置してあるのだろうと、階段を上っていった。果たして遺体が寝台に安置してあったので、以賢はその脇に座って筆を執った。

 すると、遺体が、がばっと起き上がった。以賢、これは「走屍」だと気づき、座ったままじっと息をひそめ動きを止めた。遺体も起き直ったまま動かず、ただ目を閉じたり口を開けたり、眉をつり上げ額にしわをよせるばかりである。

 ここで逃げ出せば、この遺骸は必ず追いかけてくる。ならば、やはり肖像画を描くしかない。以賢はそう思い定めると、筆を執り紙を広げて、遺骸の姿を描き写しはじめた。以賢の腕や指が動くと、遺骸の腕や指も同じように動く。以賢は階下に向け「誰かいないか!」と大声で呼んだが、答える声はない。そのうちようやく息子が帰ってきて、階上に登ってきたが、父の遺骸が起き上がっているのを見るや、驚きのあまりぶっ倒れてしまう。次に上がってきた隣人も、やはり驚いて階下に転げ落ちてしまった。

 以賢は困り果ててしまったが、やむなく恐ろしさをこらえて描き続けた。やがて、棺の担ぎ人がやってきた。以賢、はたと「走屍」が箒を怖がることを思い出し、担ぎ人に「お前たち、箒を持ってこい!」と叫んだ。担ぎ人も「走屍」がいると気づいて、急ぎ箒を持って上がり、遺骸を箒で払うと、遺骸はばったり倒れた。そこで、気絶していた息子に生姜湯を飲ませて正気に戻らせ、父の遺体を棺に収めた。


 殭屍を前にしても、慌てず騒がず、仕事もこなしてしまう、すばらしい絵師ではありませんか。
 また、殭屍が箒に弱いというのは、広く知られていたことのようで、清朝末期の絵入り新聞『点石斎画報』(てんせきさいがほう)にも、「屍居餘気」というタイトルで、次のような記事が掲載されました。
点石斎画報03(麻雀)白黒.jpg


蘇州の某が亡くなった通夜、遺族は疲れ果てて眠り込んでいた。某の友人たち、眠気覚ましに麻雀を打っていると、突然大きな声で「テンパイ!」。びっくりして部屋の中を見回すと、なんと某の亡骸が帳の外に突っ立っている。驚き慌てた友人たち、バタバタと外に逃げ出すが、中に肝の据わったのが亡骸に箒を投げつけた。すると亡骸はバッタリ倒れた。そのまま朝まで見張りして、棺に入れて安置したが、もう変わったことは起こらなかった。ある人曰く、これこそ「屍居餘気(半死人)」というものだと。


 よっぽど麻雀が好きだったんでしょうね。これぐらいなら、普通の人でも箒でなんとか倒すことができますが、前回紹介したような殭屍だと、箒などでは退治できないかもしれません。そうなると、いよいよ道士様の出番となるわけです。

 ちなみに「霊幻道士」に登場する道士は、遠隔地で亡くなった人の遺体を、故郷まで運ぶため、術をかけて動かしていました(だから顔にお札を貼っていたりするのです)。しかし映画だけの絵空事と思いめさるな、実は現実の中国でも、客死した人の遺体を故郷に運ぶ商売があったのです。それはいかなる商売か?ほんとに術をかけて運ぶのか?種明かしはまた来週!(今回は長い連載だな)
posted by TMR at 11:52| Comment(0) | 講座