2012年05月06日

カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第3回「コワい?中国の怪談−明清の怪異譚」 #姫路

 えぇすみません、また間が空いてしまいました。ゴールデンウィークだからといって、どこかに出かけたりということもないのですが、頭の中身は年中ゴールデンウィークなもので、ついうっかり更新をサボってしまいます。

 さて、カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第3回「コワい?中国の怪談−明清の怪異譚」の続きでございますが、そんなわけで準備(話を思い出す)のに少々お時間をいただき、その間、前回紹介した「牡丹灯記」の日本版「牡丹灯籠」の前段を、桂歌丸師匠の名調子でお楽しみください。



…ええ、お楽しみいただけましたでしょうか。では改めて、カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第3回「コワい?中国の怪談−明清の怪異譚」の続きでございます。(さっさとやれ)

 前回は明代の短編集『剪灯新話』から、「牡丹灯記」をご紹介しました。今回は、明の次の時代、清の時代に編まれた短編小説集から、またコワい?話をいくつかご紹介致します。

 清代も俗文学の出版は盛んであり、長編小説では曹雪芹(そうせっきん)の『紅楼夢(こうろうむ)』、呉敬梓(ごけいし)の『儒林外史(じゅりんがいし)』、李汝珍(りじょちん)の『鏡花縁(きょうかえん)』、韓邦慶(かんほうけい)の『海上花列伝(かいじょうかれつでん)』など、さまざまなジャンルの小説が誕生します。とくに『紅楼夢』は、それまでの中国の小説にはなかった、少年少女の恋愛とそれをとりまく大人たちの、さまざまな人間模様が描かれており、数々の続編が作られるなど、大人気となりました。今でもその人気は衰えず、『紅楼夢』を研究する「紅学」というジャンルがあるぐらいです。

 一方、短編小説集もいろいろ出版されました。たとえば蒲松齢(ほしょうれい)の『聊斎志異(りょうさいしい)』、紀ホ(きいん)の『閲微草堂筆記(えつびそうどうひっき)』、袁枚(えんばい)の『子不語(しふご)』(『新斉諧』とも)などです。今回ご紹介するのは、これら短編集に収められた話です。

 まずは『聊斎志異』から、「画皮」。

 太原県というところに、という書生がおりました。たまたま明け方に外を歩いていると、風呂敷包みを抱えたひとりの女がふらふらと歩いているのを目にとめました。急いで追いついてみると、これが二八(=十六歳)ばかりの美しい娘さんではありませんか。

 王さん、これはしめたと、女に声をかけます。
「こんな早くにお一人でお歩きとは、どうしたわけですか?」
 女は最初は王にとりあいませんでしたが、重ねて王が尋ねると、ほっと溜息をついて申します。
「わたくしは欲深い両親のために、さるご大家に売られたのです。ところがその家の本妻が焼き餅焼きで、私は毎朝毎晩殴られどおし、どうにも我慢できなくなって、とうとう逃げ出してきたのです」
 それを聞いた王、「それでは私の家にいらっしゃい。しばらくかくまってあげましょう」と言い、女を自宅に案内します。家人にも知られぬよう書斎に匿い、それからは女と毎晩愉しく過ごします。

 ある日、王は街に出て、市場を歩いていると、一人の道士に出くわします。その道士、王を見るやあっと目をむき、王が最近何に出合ったのか、問い詰めます。王がごまかすと、道士は「世間には、死が目前まで迫っていても、気がつかない者もいるものだ」と言いながら、立ち去ります。

 王は道士の言葉をいぶかしみつつ、家に戻ってきました。すると門にはかんぬきがかけられ、入ることができません。やむなく、土塀の崩れたところから中に入り、書斎に向かいますが、書斎の扉も開きません。何事かと、そっと窓からのぞいてみると、なんと、青緑色の顔、鋸のような歯をむき出しにした一匹の鬼(き)が、寝台に人の皮とおぼしきものを広げ、絵筆で丁寧に色を塗っているではありませんか。やがて塗り終わると、その皮を持ち上げてさっと一振り、体に羽織ると、あっというまに、あの女に早変わり。

 王はすっかり魂消てしまい、がくがく震えながら逃げ出すと、さっきの道士を捜し回ります。町外れのボロ道観でやっと道士を見つけ、かくかくしかじかと訳を話すと、道士は払子をあずけ、寝室の入り口にかけておくよう言い含めます。家に戻った王さん、また書斎をのぞく気にはなれず、言われたとおりに寝室の入り口に払子をかけて、妻と共に寝台で震えておりました。

 夜も更けたころ、寝室の外に近づく足音。あの女がやってきたのです。王がガクガクと震えながら様子をうかがっていると、女は寝室の外で、しばらく払子をにらみつけていましたが、やおら払子をつかむとバラバラにしてしまい、そのまま寝室の扉を押し破ると、まっすぐ寝台の王に飛びかかり、その腹を割くと、心臓をつかみだしていずこへかと立ち去ってしまったのでした。

 この一部始終を震えながら見ていた王の妻の陳氏、王の死に様を見て嘆き悲しみ、例の道士に助けを求めます。道士は鬼の居場所を突き止めると、瓢箪を取り出して鬼を封じ込め、退治します。陳氏、王を生き返らせてくれるようお願いしますが、道士は自分にはできないと断り、かわりに市場にいる乞食にお願いするよう言います。陳氏、市場に行ってみると、汚らしいうえに訳の分からないことばかりつぶやいている乞食がいます。その前に進み出て、王を生き返らせてくれるようお願いしましたが、乞食は陳氏をからかうばかり。しまいに、手のひら一杯に痰を吐き出し、「こいつを食え」と無理強いします。陳氏、夫を助けるためと、必死の思いで飲み下しますが、乞食は笑いながら立ち去ってしまいました。悲しいやら悔しいやら、陳氏は家に戻ると夫の屍体に取りすがり、嗚咽します。と、胸の奥からこみあげてくるものあり、あっと思う間もなく、口から飛び出して王の腹の中に転がり落ちました。見るとそれは湯気を立て、ピクピク脈打っている心臓ではありませんか。陳氏、あわてて王の腹をとじ合わせ、絹布で腹をぐるぐる巻きにします。次の日の夜明け、王はむっくり起きだして、「夢の中にいたみたいだ」とのたまいました。

 …人の皮を被って美女に化けたり、心臓をつかみ出したり、ホラー&スプラッターなお話です。もうちょっと短くまとめるつもりでしたが、どうしても長くなってしまうのは私の文章力のせいでしょう。
 こんな恐ろしげな妖怪が登場する一方で、かよわい?幽霊が登場するお話もあります。それはまた次回の講釈で。
posted by TMR at 09:33| Comment(0) | 講座

2012年04月30日

カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第3回「コワい?中国の怪談−明清の怪異譚」 #姫路

 なんだかいきなり暑くなってきまして、体が適応しきれず、夏バテならぬ春バテの様相を呈してきました。そのうち日本からは四季が消滅して、雨季と乾季だけになるんじゃないかと木が木じゃありません、いや気が気じゃありません。木が木じゃなかったらなんなのか、わがマシンにインストールされたATOKよ。そのような問いかけを為してもATOKは答えることなく、ただひたすらに誤変換をはき出し続けるのです。

 ええ、暑さに脳までやられかかっておりますが、気を取り直して、カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第3回「コワい?中国の怪談−明清の怪異譚」をお届けします。コワい話でちっとばかり涼しくなりましょう。

 前回までは、六朝から唐代の怪異譚をいくつかご紹介しました。事実の記録という立場で書かれた六朝の志怪が、唐代に入って虚構性・物語性を強めた伝奇になっていったのでした。これら志怪や伝奇は、おおむね文言、つまり文章語で書かれていました。宋代になると、語り物や演劇などの庶民文芸にこれら志怪や伝奇も取り入れられ、明代には俗語による文芸である「小説」が誕生する、というのは前回お話ししたことです。

 明代の小説と言えば、『三国志』『西遊記』『水滸伝』などのような、歴史に題材をとった長編小説が有名でしょう。また『水滸伝』の登場人物を借りて、明代の都市生活者の暮らしを活写した、いわばスピンオフ作品の『金瓶梅』や、宋代の名判官、包拯(ほうじょう)の活躍を描いた『包公案(ほうこうあん)』『龍図公案(りゅうとこうあん)』とも)など、さまざまなジャンルの長編小説が出版され、人気を博しました。
 いっぽう、かつての志怪や伝奇のスタイルに範をとった短編小説集も現れました。瞿佑(くゆう)の『剪灯新話(せんとうしんわ)』や馮夢龍(ふうぼうりゅう・ふうむりゅう)の『喩世明言(ゆせいめいげん)』『警世通言(けいせいつうげん)』『醒世恒言(せいせいこうげん)』(あわせて「三言」と呼びます)や、凌濛初(りょうもうしょ)の『拍案驚奇(はくあんきょうき)』『二刻拍案驚奇』(あわせて「二拍」と呼びます)などがあります。志怪や伝奇に範を取っただけあって、怪異譚も多く含まれています。今回は、『剪灯新話』から、かの有名な「牡丹灯記」を紹介しましょう。

 元朝の末期、舞台は浙江の明州府(今の寧波)。中国では正月十五日を「元宵節(げんしょうせつ)」と呼び、正月の締めくくりとなる祭日ですが、その正月十五日から五日間、明州府では元宵灯(ランタン)祭りを盛大に行っていたそうです。
 この明州府の南に住んでいた喬生(きょうせい)という若い男、愛妻を亡くしたばかりで意気消沈し、祭り見物にも行かず家の前でぼんやりとしておりました。夜も更けた頃、ふと見ると、年のころは十七、八の美しい娘が、牡丹灯籠をかかげた女中といっしょに、しゃなりしゃなりと前を通り過ぎていきます。喬生、その美貌にぞっこん、ふらふらと後をついて行くと、気づいた娘が振り向いて、にっこり笑いかけます。すっかり舞い上がった喬生、女二人を自宅に案内し、娘と一夜を共にしたのでした。

 娘は姓を、名を麗卿(れいけい)と名乗り、家の事情で今は寧波近くの月湖の西に、女中と二人で仮住まいしているとのこと。かくして喬生と麗卿は懇ろな仲となり、麗卿が喬生のもとに通うようになります。
 これを怪しんだのが、隣に住んでいた老翁。妻を亡くしたばかりだというのに、女が通ってくるのはいかがなものかと、ある日壁に穴を開けてのぞいてみると、びっくり仰天!喬生が睦言をささやいている相手は、化粧をした髑髏ではありませんか。老翁、これはいかんと、翌日喬生を問い詰めます。喬生が顛末を打ち明けると、老翁、月湖に行って麗卿の住居を確かめるように説得します。

 いぶかしみながらも月湖までやって来た喬生、あちこち探し回りますが、それらしき家はいっこうに見つかりません。疲れ果てて、近くの「湖心寺」という古寺に入って休むことにしました。寺の中をぶらついていると、廊下の外れに薄暗い部屋があり、そこに一つの棺桶が置いてあります。
 中国では、旅先などで客死した遺体は頑丈な棺桶に入れて、寺などに安置しておき、時期を見て故郷に運びます。この棺桶も、そういう客死した人のものか、おいたわしや、などと思いながら(?)喬生、ふと棺桶の蓋に貼ってある紙を見ますと、黒々と「もと奉化州判符氏の娘、麗卿の柩」の文字。腰も抜かさんばかりに驚いた喬生は、大慌てで逃げ帰り、隣の老翁に泣きつきます。老翁の勧めで、玄妙観の魏法師を尋ねると、魏法師は喬生の顔を見るなり幽鬼にとりつかれたと見て取り、二枚の赤い札を喬生に渡します。持って帰った二枚の札を、門と寝床に貼っておくと、はたしてその晩から、麗卿は現れなくなったのでした。

 そうして一月ほどは何事もなく過ぎたのですが、ある晩、友人宅で飲み過ぎた喬生、帰宅しようと千鳥足でふらふらと歩いて、ふと湖心寺の前を通ります。すると寺の門からくだんの女中が現れ、「お嬢様がお待ちです」と、有無を言わさず喬生を寺に引き込み、例の棺桶が安置してあった部屋まで連れて行きます。部屋で待っていたのはもちろん麗卿、喬生の無情をなじると、その手を取って棺桶に引き込んでしまいます。翌日、喬生が帰らないのを心配した老翁が、もしやと思い湖心寺を訪ねると、喬生は棺桶の中で、麗卿の遺体と折り重なるようにして死んでいました。麗卿の遺体は、まるで生きているかのごとくであったそうです。

 そのままにもしておかれないので、二人の遺体は棺桶に入れたままで埋葬したのですが、それから明州府では夜な夜な二人の幽霊が出るようになります。その姿を見た人はたちまち病気になり、下手すれば命をもなくす始末。これはかなわんと、人々は魏法師の紹介で、寧波の西にある四明山の鉄冠道人(てっかんどうじん)を訪ね、解決をお願いします。鉄冠道人は湖心寺に赴くと、神通力で喬生と麗卿の霊を捕らえ、さんざんに打ち据えて、地獄に送ったのでありました。

 …人間と幽霊の恋物語、なのですが、喬生が髑髏姿の麗卿と睦言をささやき合っている姿は、ゾッとするものがありますね。そして喬生は、麗卿の棺桶に引きずり込まれるときに、何を思っていたのでしょうか。

 この『剪灯新話』は江戸時代の日本にも伝来して、当時の文芸に大きな影響を与えます。「牡丹灯記」も、江戸時代の怪談集などに翻案して収録され、のちに三遊亭圓朝怪談「牡丹灯籠」に仕立てるなど、すっかり日本の怪談となりました。
 「牡丹灯記」では、棺桶の中の麗卿は、「生きているかのごとく」の姿となりますが、これは喬生の精気を吸って、肉体が復活したのでしょう。一方、日本の「牡丹灯籠」では、棺桶の中の女、お露は骸骨のまま、新三郎の遺体を抱きしめています。この変容について、先日わが母校である北海道大学文学部中国文化論講座の大学院生、久保田歩さんが、「骨になった符麗卿」という論考を出しました。中国文化論講座の有志で編集している雑誌『火輪』第31号(2012年3月)に掲載されていますので、ご興味のある方はご一読を。一冊500円と、大変お得になっております(宣伝)。久保田さんの論考の他にも、以下の論考や訳注が収録されています。

明・卓吾居士、望月清香訳「日本国立公文書館蔵『醋葫蘆』巻末『妙音怕婆経呪十王転相法懲録』の翻訳」
高蜚咲訳注「京劇「梅龍鎮」試訳(後)」
池田真衣「金玉奴棒打薄情郎」とその派生作品の比較−乞丐の描写を中心に」


購入お申し込み、バックナンバー紹介はこちらを御覧ください。(なお、リンク先は私の後輩であるイエレン氏のHP「野人飯店」の一コンテンツです。こちらもよろしく)

…まだカルチャー・カフェの話は続くのですよ。また来週!(えー)
posted by TMR at 10:35| Comment(0) | 講座

2012年04月28日

イオンタウン講座、募集中! #姫路

 さて宣伝第2弾ですよ。
 年初にイオンタウン姫路で行った「カルチャー・カフェ獨協」について何度かご紹介しましたが、そのイオンタウン姫路では毎週「まちコミ講座」というのを行っています。じつは「カルチャー・カフェ獨協」も、その枠内でやっていたのですが、今年度も、この「まちコミ講座」で本学の教員がいろいろおもしろい講座を担当します。私もいくつか担当します(おもしろいかどうかは保証の限りではありません)。5〜6月の講座は以下の通り。

5/10(木)ポピュラーミュージックの歌詞を読み解く(4)−カーペンターズの曲を楽しみましょう−(法学部、池下幹彦教授)
5/16(水)うどんは中華でラーメンは和食?−日中モノの交流史(1)−(TMR)
6/6(水)外来語の二十世紀−日中モノの交流史(2)−(TMR)
6/14(木)ポピュラーミュージックの歌詞を読み解く(5)−イーグルスの「ホテルカリフォルニア」を鑑賞します−(池下教授)
6/28(木)スマートフォンとは?(経済情報学部、佐野智行教授)

 こちらは受講料無料となっております。ただし受講者は最大20名となっておりますので、お申し込みはお早めに。
 申込先は「まちコミ倶楽部」事務局(フリーダイヤル 0120-987-554)です。
 こちらも親類縁者一族郎党お誘い合わせの上、どしどしご参加ください。

posted by TMR at 21:52| Comment(0) | 講座