2012年04月14日

カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第2回(Part1) #姫路

 先日、「バーコードリーダー」を購入しました。いや、レジ係に転身、とかじゃないですよ?
 増殖し続ける蔵書を管理するため(油断すると二重、三重買いは当たり前)、USB接続できるバーコードリーダーでISBNバーコードを読み取り、蔵書管理ソフト(これとかこれ)を使って、リスト化しようというわけ。ためしに10冊ほど読み込ませてみましたが、「ピッ」と一瞬で読み込むと、該当する本の書名から著者名から、必要な情報がたちまち表示されました。これは便利。
 ただ上のソフトで読み込めるのは和書と洋書なので、中国書は手打ちになるのですが。それでも効率がずいぶん上がります。

 さて、カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」の続きとまいりましょう。第2回「怪異と現実のはざま〜記録から創作へ〜」でしばしお付き合いを。

 中国の神話・伝説は、春秋戦国時代に諸子百家による分解・変形を受けて、神話としてまとまった形を失った、ということはすでにお話ししました。
 まぁ春秋戦国という時代はまさに動乱の時代、世の中を治めるためには神話や伝説よりも、リアルな政治力が必要だったのでしょう。それを端的に表現したのが、「子は怪力乱神を語らず」という孔子の言葉です。「怪」は怪異な出来事、「力」は暴力、「乱」は戦乱、「神」は神妙不可思議なこと、と説明されます。孔子は、世の中を治めるにはこれらの事を語る必要なない、もっと現実的、合理的な思考が必要だと考えたのです。
 …しかしわざわざこういうことを宣言した、ということは、むしろ当時の人々がこういうことを語っていたことの裏返し、でもあるわけです。

 時代は下り、による短期間の中国全土の統一を経て、漢王朝による再統一が果たされます。漢は孔子が打ち立てた儒教を政治理念としました。これはつまり、現実的、合理的な思考が政治と思想の中心となったので、「怪力乱神」について語ることもなくなった、はずでした。

 しかしいつの世も人間は怪異な世界、神妙不可思議な出来事に惹かれてしまうものです。とくに政治が混乱し、社会不安が増大する時代には。漢(後漢)王朝の末期から、三国時代、そして南北朝時代に至る動乱の時代には、人々は再び「怪力乱神」について語るようになるのです。

 では人々はどのようなことを語ったのか? それは次回のお楽しみ。
posted by TMR at 22:11| Comment(0) | 講座