2012年04月06日

カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第1回(Part4)

 近所の桜がほころんできてます。春ですねぇ。風はまだ冷たいけど。

 さて、前回は、屈原「天問」で神話伝説への疑問を連ねたところまで紹介しました。
その一節、「鯪魚(りょうぎょ)はどこにおり
  鬿堆(きたい)はどこにいる
  羿はどこで日を射たのか
  鴉はどこに羽根を落としたか」


 羿は九個の太陽を射落として人々を救った英雄でした。鴉は、古代には太陽の中に住んでいる神鳥でした。
 では、「鯪魚」「鬿堆」はナニモノなのか?
 神話伝説にはさまざまな神や妖怪、人間以外の存在が登場します。
 「鯪魚」「鬿堆」も、それら人間以外の存在なのでしょう。
 では、具体的にはどんなヤツなのか?その正体(?)は、『山海経(せんがいきょう)』に記されております。
 『山海経』は、戦国時代から漢代にかけて成立したとされる地理書です。正確に言うと、当時の人々の地理認識を示した書物であり、現実の地理とはかけ離れた部分も少なくありません。また、各地の神話・伝説が大量に取り込まれており、神話研究の重要な資料でもあります。

 またその記述から、もとは図がついていたと推測されています。ただ、漢代にはすでに図はなくなっていました。ずっと後の時代、清代になって、記述を元に改めて図を加えたものが、現在知られている『山海経』の形となっています。
 では、「鯪魚」や「鬿堆」は『山海経』ではどのように記されているのでしょうか?
 まずは「鯪魚」から。
「陵魚は人面で、手足があり、魚の体、海中に住む。」(「陵」と「鯪」は同音)
 むかし流行った「人面魚」みたいですが、手足があるところが人面魚よりも高級(?)ですね。ちなみに清代に描かれた図は、こんな感じです↓。陵魚.jpg
 そして『山海経』には「鬿堆」そのものは出てきませんが、似たような名前の「鬿雀」がいます。
「(北号の山に)鳥がいる。その姿は鶏のようで頭が白く、鼠のような足に虎のような爪、人を食べる。」
 こちらは鳥ですが、虎のような爪で人を食べるという、まことに獰猛なヤツのようです。

 このように、『山海経』は各地の山河に住む神や獣、妖怪を列挙していきます。一種の神獣カタログといってもいいかもしれません。
 以下、いくつか例を挙げてみましょう。

帝江.jpg「(湯谷というところに)神がいる。その姿は黄色い袋のようで、炎のように赤い。六本足に四枚の翼、のっぺりとして顔はない。歌舞に詳しい。これこそが「帝江(ていこう)」である。」






ほうきょう.jpg「(鉤吾之山に)獣がいる。姿は羊のようだが人面で、目は腋の下にある。虎の歯と人の爪を持ち、鳴き声は赤ん坊のよう。名を「狍鴞(ほうきょう)」といい、人を食らう。」






燭陰.jpg「鍾山の神は、名を「燭陰(しょくいん)」という。目を開ければ昼に、閉じれば夜となり、息を吐けば冬に、吸えば夏になる。飲まず食わず呼吸もしない。息をすれば風が吹き荒れる。身の丈千里。無啓国の東にいる。その姿は人面蛇身、赤色で、鍾山のふもとにいる。」






形天.jpg形天(けいてん)は黄帝とここで神争いをした。帝は形天の首を切り落とし、遺体を常羊之山に葬った。形天は乳を目に、臍を口に変えて、盾とまさかりを持って舞った。」

…古代中国は神獣や怪物の宝庫みたいですね。『山海経』はあくまで地域ごとの神獣を羅列するだけなので、神話伝説の中での位置づけがよくわからないものも少なくないようです。ただ、「形天」(刑天とも書く)は、異民族(この場合は殷や周などの古代王国と対立していた民族)の神が流入してきたという説もあります。

…第一回のお話はここまで。第二回は、「怪異と現実のはざま〜記録から創作へ〜」と題してお送りします。
お楽しみに!



posted by TMR at 22:57| Comment(0) | 講座