2012年04月18日

カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第2回(Part3) #姫路

 昨日のにわか雨で、桜も散ってしまい、花見の季節は終わりました。これからまた暑い夏が来るかと思うと、いまからげんなりしてしまいます。

 さて、カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第2回「怪異と現実のはざま〜記録から創作へ〜」の続きの続きですよ。

 三国時代から南北朝時代にかけて、分裂と混乱の中、人々の価値観は多様化し、それまでタブーとされてきた「怪力乱神」について、積極的に語り、記すようになってきます。そのような話を集めて記した本を「志怪」と呼びますが、これは「怪」を「志(しる)」す、つまり怪異を記録することが目的でした。あくまでも事実として、怪異譚を記したわけです。代表的な「志怪」書としては、『捜神記(そうじんき)』(晋・干宝)、『捜神後記(そうじんこうき)』(晋・陶潜)、『幽明録』(宋・劉義慶)、『博物志』(晋・張華)、『述異記』(梁・任ム)、『神仙伝』(晋・葛洪)などがあります。この中から、いくつかの「志怪」を紹介しましょう。

はるか昔、高陽氏が帝であった時代のこと。兄妹で夫婦になった者があり、帝はこの二人を崆峒(こうどう)の山野に追放した。
二人は抱き合って死んだが、そこへ神鳥が飛んできて、不死草を亡骸にかぶせた。七年たつと、そこから二つの頭、四本の手足に胴が一つの男女が生まれた。これが蒙雙(もうそう)氏である。
(『捜神記』巻十四より)


 高陽氏は顓頊(せんぎょく)のことで、神話に登場する五人の帝王(五帝)の一人です。ただ当時は、五帝の存在は『史記』などにも記されており、史実ととらえられていました。ですから、『捜神記』のこの話も、実在した(と思われていた)古代の帝王に関する実話、として受け止められていたのかもしれません。

 「怪力乱神」が積極的に語られるようになった一方で、儒教的合理精神から、怪異の存在を否定する人もいました。中国語では幽霊のことを「鬼(き)」と呼びますが、その存在を否定する主張を「無鬼論」といいます。

阮瞻(げんせん)はかねてより無鬼論を主張しており、それを言い負かせる人はいなかった。阮瞻はつねづね、この理論は完璧で、幽明を正しく説明できると豪語していた。
あるとき、一人の鬼があらわれ、阮瞻を訪れた。時候の挨拶が終わると、さっそく物の名と理の関係について二人で議論した。
客人には弁舌の才能があった。しかし、最後に鬼神の問題になると、激しい応酬となって、しまいに客人は言い負かされてしまった。すると、客人は怒った。
「鬼神のことは、古今の聖賢が伝えるところです。あなた一人、どうして鬼神が存在しないというのですか?私こそが鬼だというのに!」
そうして客人は異形のものに変わり、すぐさま姿を消してしまった。阮瞻は黙ったまま、苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。一年余りして、阮瞻は病のために死んだ。
(『幽明録』・『捜神記』巻十六より)


 無鬼論を論破しようとやってきた鬼が、逆に言い負かされ、逆ギレ?して正体を明かして去っていく、という、なんともマヌケな話です。でも、自分が実在することを、理論だけで証明するのは、じつは難しいことかもしれません。

 さて、3世紀以上続いた動乱の時代は、6世紀の末にが中国を統一し、さらにが隋のあとをついで統一王朝となることで、終結します。隋王朝は、全土から広く有能な人材を集めるため、「科挙(かきょ)」という試験制度を導入します。それまでの人材登用制度は、基本的に有力者の推薦によるもので、情実や賄賂など腐敗の温床ともなっていました。その弊害をなくすため、公平な官吏登用試験である科挙が導入されたのです。唐王朝もこの科挙を引き継ぎ、整備して実施しました。

 ただ、唐代の科挙はまだ完全なものではありませんでした。たとえ合格しても、有力者の推薦がなければよい役職に就くことは難しかったのです。そこで、受験者たちはこぞって自作の詩文などを有力者や試験官に贈呈して、自らの実力をアピールしました。これを「行巻」といいますが、このおかげで、唐代の詩文、とくに詩が目ざましい発展を遂げたという側面があります。

 そしてこの「行巻」が流行すると、ほかの受験者と同じことをしていたのでは目立たないというので、自作の詩文のほかに、物語ふうの文章をつけて贈呈する輩が出てきます。この物語風の文章は、怪異をテーマとしたものが多いという点で、南北朝時代の「志怪」に似ていますが、より物語的になり、虚構の度合いが強まっています。これを、「伝奇」といいます。

 この「伝奇」と呼ばれる作品にはどのようなものがあるのか、それはまた次回の講釈にて。



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2012年04月17日

カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第2回(Part2) #姫路

 春らしい陽気ですね。
 先週末の荒天にもかかわらず、大学の桜は今日も咲き誇っていました。絶好の花見日和ですね。これで酒があれば
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 さて、お待ちかね(誰が?)カルチャー・カフェ獨協「ホントにあった?中国のコワい話」第2回「怪異と現実のはざま〜記録から創作へ〜」の続きですよ。

 漢代は儒教が政治理念となり、合理的・現実的な思考が重んぜられます。そのため、「怪力乱神」を語ることも避けられるようになります。ただし、「語らない」からといって、「信じない」わけではありません。孔子だって、「麒麟」という伝説の瑞獣が捕えられたと聞いて、(麒麟の存在を否定せず)「ああ、わが道はおしまいだ!」と嘆いています。ですから、当時の合理的・現実的な思考と、現代のそれとは必ずしも一致しないのです。

 後漢の末期になると、政治の腐敗と社会の混乱は頂点を極めます。有名な「三国志」の時代です。そして後漢滅亡後、中国を再統一した晋も崩壊し、また北方では遊牧民族が国家を建て、江南の王朝と対立します。南北朝時代とも六朝時代ともいわれますが、分裂と混乱の時代が、6世紀末の隋による再統一まで続くのです。
 このような中で、それまでの価値観は崩れ、多様化していきます。儒教も孔子の神格化や協議の神秘化が進み、また道教仏教などが流行するようになります。そのようななかで、「怪力乱神」を語ることもタブーではなくなり、さまざまな怪異譚が語られ記録されるようになりました。これを「志怪」と呼びます。ただし、この時代の怪異譚は、あくまでも「事実」として記録されます。

 では、どのような怪異譚が「事実」として記録されたのでしょうか?
 たとえば、晋の人、張華の『博物志』には、このような話が載っています。

燕の太子の丹は人質として秦にいた。秦王は丹に無礼な態度で接したため、丹はこれを苦にして帰国を願い出た。王は聞き入れず、「カラスの頭が白くなり、馬に角が生えたら、そのときは帰らせよう」と、でたらめをいった。
丹が天を仰いでため息をつくと、たちまちカラスの頭が白くなった。うつむいて吐息をもらすと、馬に角が生えた。秦王はしかたなく丹を帰国させた。


 燕は戦国時代の北方にあった国、秦は西方にあった国で、勢力を拡大して他の国々を滅ぼし、のちに中国を統一します。燕は国力に勝る秦と誼を結ぶため、太子の丹を人質にとして秦に滞在させたことは、史実として記録があります。でもカラスの頭が白くなったりするのは、ちょっと現実的ではないのですが、このような怪異譚がこの当時は語られていたのですね。

 ほかにもいろいろ不思議な話がありますが、それはまた次回ということで。


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2012年04月15日

また何かそして別の読むもの

 iPadの成功からこっち、世の中タブレットやら電子ブックリーダーやらが大流行ですね。先日も自宅に帰る道すがら、5メートルほど前をカップルが歩いておりまして、仲良く手を握っているのはいいのですが、男のほうが、あいている片手でiPad(たぶん)を持ち、そちらに見入りながら歩いているのです。まぁひょっとしたら、知らない道なので、iPadで地図を見ていたのかも知れませんが。端から見ると、なにか不思議な光景でした。

 というわけで、流行に乗り遅れまいと飼ってしまいましたよ電子ブックリーダー。iPad?いいえ違います。Kindle?まさかまさか。Galapagos?…そんなのもありましたねぇ…。今回購入したのは、こちらです。
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 なにせアマゾンで6000円を切る破格値で売られていたので、つい飛びついてしまいました(今は販売業者が変わったのか、いきなり10000円近くに値上がりしてますが)。こちら中国製でして、箱にも本体にもマニュアルにも、メーカー名など一切書いておりません。輸入販売業者(日本)の注文書にすら、メーカーや型番は書かれていないという徹底ぶり。そしてメニューは日本語化した状態で届いたのですが、よく見ると、「オーディオブック読」「エクスポローラー」と、なかなかいい感じです。
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 これでできることは、電子ブック閲覧(txt,pdf,epub,htmlなど)、音楽と映像の視聴(mp3,wma,aac,wav,oggなど/mkv,avi,flv,mp4,3gpなど)、画像閲覧(jpg,bmpなど)など。Kindleなどについている通信機能などはありません。非常に限定された機能しかありませんが、こちらはまさに電子ブックリーダーとして購入したので、これでいいのだ。ただ、中国製だけあってテクストファイルは中国語フォントで表示されるので、日本語テクストファイルを表示させるとちょっと違和感があります。PDFならもちろん問題ありません。

 その他の機能として、おもしろいのはオーディオブック機能。テクストファイルを合成音声で読み上げてくれます。合成とはいえけっこうなめらかな発音で、聞き取り練習にも使えるかも知れません。ただ音声は中国語のみなので、これも日本語テクストファイルを読ませると、大変なことになります。
 あと録音機能があるんですが、何を録音しろというのか。

 アマゾンのカスタマーレビューを見ると、「三週間で壊れた」という人がいるようなので、長期間使えるモノではないかもしれませんが。ちなみにマニュアルを読むと、「問題が起きたときは、当社のカスタマーサービスにご連絡ください」と中国語及び英語で書いているのですが、だからどこのメーカーなんだっつーの。
 でも結構軽量だし、PDFや中国語テクストを読む分には問題ないので、行き帰りの車中のお供として活躍してくれそうです。

 …そういうわけで、今日はこれで遊んでしまったので、カルチャー・カフェの続きはまた明日〜(汗)
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posted by TMR at 21:41| Comment(0) | 日々想